つばさの党について

 昨今、選挙運動に関連して話題となっている政治団体「つばさの党」に関して、ヤジ排除問題の影響を指摘する言説があることから、理解を促すために意見書を発表する。また、同内容については本日、札幌市内で記者会見も行った。

 なお、意見書についてはヤジポイの会の大杉が作成したものが、下記のものとは別にあり、それは別記事において紹介しているので、併せて参照していただきたい。

「つばさの党」に係るマスコミ報道に対する意見

1 意見書発表の理由

 2024年4月16日告示の衆議院議員東京15区補欠選挙において、拡声器で大声を出すなどし他陣営の演説を妨害したとして公職選挙法が定める選挙の自由妨害罪の疑いで、政治団体「つばさの党」の代表者らが逮捕・勾留された。代表者らによる行為については、2019年の参議院議員通常選挙に際しての街頭演説に対してヤジを飛ばした市民を排除した北海道警察(以下「道警」という)による表現の自由の侵害であると認定した札幌地方裁判所及び札幌高等裁判所の各判決(以下、併せて「本件各判決」という。)が、「つばさの党」代表者らへの取締りを委縮させたなどのマスコミ報道が散見された。

 しかしながら、「つばさの党」代表者らによる行為と道警が排除した市民によるヤジ(以下「道警ヤジ排除事件」という)とは道警本質を異にしており同列に論じることはできない。

 2024年6月20日に東京都知事選挙の告示日を迎えるが、「つばさの党」の代表者は都知事選挙への出馬を検討していると報じられている。都知事選挙においても、「つばさの党」に限らず候補者等が拡声器で他陣営の演説を妨げるなどの行為に及ぶおそれがあり、再び本件各判決が取締りを萎縮させたなどと報道されることが懸念される。

 そこで、当弁護団は今後予定される都知事選挙などで演説への妨害行為が行われた場合に、安易に本件各判決と関連付けず、本質的違いを踏まえた正確な報道をしていただくために、意見を公表することにした。

2 道警ヤジ排除訴訟とは

 2019年7月に、安倍晋三首相(当時)の街頭演説中に「安倍やめろ」「増税反対」などとヤジを飛ばして道警に排除された市民2名が北海道を相手に慰謝料等の支払いを求めて訴訟を提起した。

 上記訴訟において、道警は市民らを排除した法的根拠について、周囲にいた多数の市民から暴行等を受ける現実的危険があったあるいは周囲にいた市民に対して暴行等の犯罪行為を行う現実的危険があったなどとして、警察官職務執行法(以下「警職法」という)4条1項、5条等をその根拠として、道警の排除行為は適法な措置であると主張していた。

 このように警察官らの排除行為が警職法上、適法な措置かが主な争点であり、市民の表現の自由を侵害するかも争われた。

 札幌地方裁判所は、道警の排除行為の多くは警職法の要件を欠く違法な措置であるとして道警の主張のほぼ全てを認めず、さらに道警の行為が憲法21条で保障される表現の自由の侵害と断じた。

 その後、札幌高等裁判所は、市民一人については表現の自由の侵害と認めた一方、もう一人の訴えについて道警の措置は警職法上適法と判断し、表現の自由の侵害も認めなかった。

 現在、市民側・北海道いずれも上告し、最高裁の判断を待っているところである。

3 道警ヤジ排除事件と「つばさの党」の相違点

⑴ 公職選挙法上の選挙の自由妨害罪の該当性の有無

 公職選挙法が定める選挙の自由妨害罪(公職選挙法225条)は、「演説を妨害し・・・もって選挙の自由を妨害」する行為を処罰する旨定めている。
 選挙の自由妨害罪については、「選挙演説に際しその演説の遂行に支障を来さない程度に多少の弥次を飛ばし質問をなす等は許容」され「他の弥次発言と相呼応し一般聴衆がその演説内容を聴取り難くなるなど執拗に自らも弥次発言或いは質問等をなし一時演説を中止するの止むなきに至らしめる」行為(大阪高判昭和29年11月29日)、聴衆が演説を「聞き取ることを不可能又は困難ならしめるような所為」に当たる程度であることが必要とされている(最三判昭和23年6月29日)。

 「つばさの党」代表者らが他陣営の候補者が演説する至近距離から拡声器を使って質問することなどを行ったことによって、一般聴衆が演説の聴取が不可能又は困難になった可能性があり、また、実際に演説者が演説場所を変更せざるを得なかったと報道されている。
 「つばさの党」代表者らの行為は上記判例等に照らせば、選挙の自由妨害罪に該当することが疑われる事案であった。 

 他方で、道警ヤジ排除事件は、安倍晋三首相張に対し、市民が単独で肉声でのヤジを短時間発したに過ぎず、街頭演説が中止されたり演説を聞き取ることが困難になったこともなく、選挙の演説妨害罪が成立する余地は無かった。
 道警も選挙の演説自由妨害罪が成立する余地がないことを知悉していたからこそ、訴訟において、市民らの行為が選挙の自由妨害罪に該当すると主張すらしなかった。
札幌地方裁判所も、道警が「原告らの表現行為自体が、例えば安倍総裁及びその関係者らの選挙活動をする自由を侵害している・・・といった特段の主張はしておらず、ただ、警察官らの行為が警職法4条1項、5条等の要件を充足するとの主張をしているにすぎない」(同判決書43頁)とわざわざ指摘している。

 このように、道警ヤジ排除事件は公職選挙法が定める選挙の自由妨害罪には明らかに該当せず、警職法4条、5条該当性が問題となった事案である一方で、「つばさの党」の代表者らの行為は選挙の自由妨害罪に該当しうる事案である。
 すなわち、両者は、取締りの対象となる行為や取締りの要件が全く異なるのであるから、「つばさの党」代表者らに対して現場での取締りをなしうるかを判断するにあたり、本件各判決が前例になるものではなく、本件各判決が「つばさの党」代表者らへの対応に委縮効果を生じさせたとは到底考えられない。

⑵  表現の自由の理解の誤り

 報道によれば、「つばさの党」の候補者はSNSにおいて「候補者以外の安倍へのヤジが合法な時点で、候補者である俺が違法なわけがない」と書き込み、自ら等の行為を正当化しているという。

 しかしながら、道警ヤジ排除訴訟において、排除された市民らは表現の自由を理由にいかなるヤジ行為も合法であることや、あらゆるヤジ排除が違法であるなどと主張していない。

 憲法21条が保障する表現の自由といっても無制限に保障されるものではない。本件各判決も、市民らの行為が政治的公共的事項に関する表現行為であるという点だけで道警の排除行為が違法であると断じたものではない。

 例えば、札幌地方裁判所は、街宣車に向かって走り出した市民を道警が制止し排除した行為について適法であると判断し、札幌高等裁判所は、事実認定に疑義があるものの、市民1名に対する排除行為は適法であるとして、いずれも表現の自由の侵害とは判断しなかった。  

 このように本件各判決は、政治的公共的事項に関する表現行為である からといって、無制約に許されるものではないことを前提とし、警職法の要件の該当性を考慮して表現の自由の侵害の有無の判断を示した。そのため、本件各判決は、「つばさの党」の代表者らの行為についてまで合法というお墨付きを与えるものではない。

⑶ 「つばさの党」への取締りの萎縮の背景

 報道の一部は、本件各判決が「つばさの党」への取締りを萎縮させたなど、取締の萎縮の原因を本件各判決に求めている。

 しかしながら、前述のとおり、ヤジ排除事件と「つばさの党」とは事案が全くことなるものであり、その相違は本各判決を読まずとも、警察において当然理解されるものである。取締りについて法的知識を有しているものと考えられる警察において誤解や本件各判決による萎縮があるとは考え難い。

 その上で、「つばさの党」の行為に対する取締りにおいて、警察に慎重さが見られたのだすれば、その理由は、「つばさの党」代表者らは、衆議院議員東京15区補欠選挙における候補者及びその候補者を擁立する政治団体の代表者であり、拡声器により長時間大声を上げるなどの行為は、「選挙活動」として行われたという点が考えられる。

 すなわち、警察権力を含む公権力は選挙活動選挙直前あるいは選挙期間中の捜査によって選挙結果に影響を与えてしまうことのないように配慮することが求められている。警察官らによる取締の萎縮があるとすれば、候補者及びその候補者を擁立する政治団体による選挙活動を標榜してなされた発言に対する介入への躊躇があった可能性を想起するべきである。現に、警視庁は選挙期間中は「つばさの党」に対して警告するに留めるなど慎重な姿勢を示していた。

 報道の一部には、いたずらに本件各判決に「つばさの党」への取締の萎縮に原因を求めているが、報道にあたっては、「つばさの党」による選挙活動という事情を踏まえ、警察による取材のうえで報道するべきである。

4 おわりに

 以上のとおり、本件各判決は、「つばさの党」の問題とは関連性に乏しく、本件各判決が、警察の「つばさの党」代表者らへの取締りを委縮させたと考えることはできない。

 当弁護団は、マスコミ各社その他一切の情報発信を行う者に対し、本件各判決の誤った理解による報道、意見の発信については厳に慎むよう意見する。

2024年6月17日
道警ヤジ排除訴訟弁護団
道警ヤジ排除訴訟原告団
ヤジポイの会

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